「1人で海に行く」が最高の贅沢だと気づいた話
釣りに行くとき、誰かを誘わない。
「今週末、一緒に行きませんか?」と声をかけることも、ほとんどない。誘われることはある。でも、断ることの方が多い。
これを話すと「寂しくないの?」とよく言われます。答えはいつも同じだ。
全然寂しくない。むしろ、ひとりの方が好きなんだ。
目次
Toggle僕の釣行は、ほぼ100%ひとりだ
正確に数えたことはないけれど、ソロが9割以上だと思います。
仲のいい釣り仲間がいないわけじゃない。でも、日常的に誰かと一緒に行くということが、気がつけばなくなっていた。
最初から「ひとりが好き」とわかっていたわけじゃない。何度か誰かと行って、何度かひとりで行って、気づいたらひとりでしか行かなくなっていた。それくらい自然な流れだった。
「誘って」と言われれば行くこともある。でも、誰かとの予定に合わせて釣りに行く、という感覚が、どこかしっくりこない。それが正直なところです。
誰かと行くのとは、全部が違う
じゃあ何が違うのか。一言でいうなら「全部」だ。

時間も、場所も、釣る魚も。全部自分が決める
朝5時に出るか、6時にするか。どの堤防に向かうか。今日はアジにするか、シーバスにするか。
全部、自分で決める。
誰かの予定を気にしなくていい。「あっちの場所の方が釣れるらしいよ」という話を調整しなくていい。気が向いたら移動するし、気が乗らなければそのまま同じ場所に居続ける。途中で「やっぱり別の魚を狙おう」と思えば、ルアーを変えるだけでいい。
これだけのことなのに、驚くほど気持ちがいい。
ひとりで海に向かう車の中で、音楽を流しながら何も考えていない時間が好きです。誰かと話す義務がない。沈黙を埋めなくていい。ただ窓の外の景色が流れていくだけでいい。自分のペースでいられる、というのはこういうことだと思う。
釣れなくても、誰かに「ごめんなさい」がない
これは意外と大きい。
誰かと行って釣れない日がある。あの独特の空気感は、経験した人なら分かると思います。場所の選択が悪かったかな、もっと調べておけばよかったかな。言葉にならない小さな申し訳なさが、どこかに漂う。
ひとりなら、それがない。
釣れなかったらただ海を眺めて、頭を空っぽにして帰ってくる。それだけでいい。その「それだけでいい」という感覚が、ひとり釣行の一番の魅力かもしれない。結果を誰かと共有しなくていいというのは、プレッシャーがないということでもある。
海に立つと、頭が「無」になる
「釣りでストレス解消できる」とよく言われます。
最初はその表現がしっくりこなかった。「解消」というより、何か違う感じがして。うまく言葉にできずにいた。
正確にいうと、海の前に立つと、頭が「無」になる。

考えようとしても、考えられない時間
出発前は、いろんなことが頭にある。仕事のこと、お金のこと、家族のこと。
でも海に着いて竿を出した瞬間、なぜかそれが消える。意識して頭を空にしようとしているわけじゃない。気づいたら何も考えていない。波の音と、ラインの動きと、潮の匂いだけが残る。
考えようとしても、考えられない。
それが心地よい。疲れている時ほど、この感覚が欲しくなります。仕事で削られた感じがする週の翌朝、気づけば海に向かっている。「疲れた」が口癖だった時期のことは別の記事に書きましたが、あの頃も、海だけが救いだった気がする。
ひとりだから、この「無」に集中できる。誰かと行っていたら、こうはいかなかったと思う。
「自由」が最高の贅沢だと、ある朝気づいた
ある朝のことを、なんとなく覚えている。
特別な日ではなかった。何か嫌なことがあったわけでも、大物が釣れたわけでもない。海を見ながらぼーっとしていたとき、ふと思った。
「これ、最高の贅沢じゃないか」
高いタックルでも、広い場所でも、早い船でもない
贅沢って、お金がかかるものだと思っていた。
高いリールを買うこと、遠くの漁港に遠征すること、オフショアで大物を狙うこと。それが釣りの贅沢だと、なんとなく信じていた。
でも、そうじゃなかった。
竿一本持って、誰にも連絡せず、好きな時間に好きな場所に行ける。それだけで、十分すぎるくらい贅沢だった。
お金の話をすれば、海に行くだけなら入場料はゼロです。道具さえ揃えれば、あとはガソリン代くらいしかかからない。釣りにかかるお金の管理の仕方については別の記事に書いていますが、コストさえ整えておけば、この「自由な時間」は何度でも手に入れられる。
自由は、お金では買えない。でも、工夫次第で手に入る。ソロ釣行は、そのことを毎回実感させてくれる時間だと思っています。
ひとつだけ、気をつけていること
自由を語っておいて最後にこれを言うのも少し野暮かもしれないけれど、ひとりで行くからこそ、安全面は自分で管理しないといけない。
出かける前に家族に行き先と帰宅時間を伝える。天気と潮の確認は必ずする。ライフジャケットは着ける。スマホの充電は満タンにしておく。
誰かと行っていれば、何かあったときに助けを呼んでもらえる。でもひとりの場合、そうはいかない。だからこそ「無理しない」を自分のルールにしています。
自由とは、自己責任とセットだと思っています。その分、海に出るたびに少し大人になれる気がするし、それもまたひとり釣行の好きなところだ。
まとめ|ひとりだから、釣りが好きになれた
ひとり釣行が好きな理由を言葉にしようとすると、結局「自由」という一言に戻ってくる。
時間の自由、場所の自由、結果に縛られない自由、頭が空になる時間。全部ひとりだから手に入るものだ。
もちろん、誰かと行く釣りにも良さがある。共有できる喜びとか、困ったときに助け合える安心感とか。どちらが正しいとかじゃない。
ただ僕は、ひとりで行き始めたから、釣りがここまで好きになれた気がしています。人間関係の気疲れがない時間。結果への言い訳が必要ない空間。それが、早起きを苦にしなくなった理由でもある。
朝まずめを習慣にした経緯はこちらの記事に書いているので、早起き派の方はあわせて読んでみてください。
