「ついに来たっ!」カヤックの上で初マダイに出会った朝
秋の朝まずめ、カヤックの上でタイラバを沈めていたあの日のこと。 「バラすなバラすな」と、何度も心の中で念じた数分間があります。 あの1匹が、今でも僕のカヤック釣りの原点です。

目次
Toggle秋の朝まずめ、タイラバを沈めていた
あれは秋のことでした。9月か、10月か、11月か。正確な月は、もう思い出せない。
ただ覚えているのは、午前中の海にカヤックで出ていたということ。朝まずめに沖へ漕ぎ出して、少し深場のポイントでタイラバを沈めていました。
タイラバは、カブラの頭にネクタイが付いた仕掛けです。カヤックフィッシングでマダイを狙うときの王道で、ヘッドを海底まで沈めて、一定のスピードで巻き上げる。淡々とした釣りで、退屈といえば退屈。でも「あの一瞬」を待つ時間でもあります。
堤防でサビキ釣りから始めた僕にとって、カヤックでのタイラバは別次元だった。道具も、狙う魚も、目の前に広がる景色も、全部が違う。
それでも、なかなかマダイは釣れなかった。1回の釣行では釣れない。2回目でも釣れない。何度出ても、本命のマダイは顔を見せてくれない。
釣り仲間の釣果を聞いては、「自分にも来るんだろうか」と、ちょっと不安になる。そんな時期が続いていました。
「ついに来たっ!」— お願いに似た興奮が走った
そんな日々が続いたあと、その朝はやってきた。
竿先が大きく曲がった瞬間、心の中で「ついに来たっ!」と叫んだ。喜びというより、お願いに近い感覚です。
「どうか、どうか、バレないでくれ」
そう念じながら、ロッドを立てる。この引きは、今までとは違った。根掛かりではない。潮の重みでもない。生き物の、命の手応えがありました。
カヤックの上は静かです。一人きりで、誰も見ていない。手が止まれば、ラインは弛み、魚は逃げる。逃げても、誰にも言わなければわからない。
でも、逃がしたくなかった。
その気持ちだけが、手を自動で動かしていました。

「バラすなバラすな」と念じた数分間
ヒットしてからランディングまでは、何分あったのか。2分か、3分か、もっと長かったのか。時間の感覚は、すっかり飛んでいた。
その間、ずっと呟いていた言葉があります。
「バラすなバラすな」
これだけを、何度も何度も念じていた。
カヤックは大きな船と違って、ファイト中に魚に引っ張られる。横に、斜めに、ときには前に。船ごと魚と綱引きをしているような感覚だ。
ラインを張りすぎれば切れる。緩めればバラす。そのバランスを、カヤックが揺れるなかで保ちつづけなくてはいけません。手元は汗ばんで、指先は震えていた。
慎重に、慎重に。相手の強い引きを受け流しながら、少しずつカヤックの下へ寄せていく。
やがて、水面にピンク色の魚体が見えた瞬間、膝の力が抜けそうになりました。タモ網を差し出し、すくい上げる。
カヤックの上に、マダイが横たわった。
カヤックに収まった、小ぶり〜中サイズの1匹
取り込んだマダイは、30センチから50センチくらいの小ぶり〜中サイズでした。
誰かに見せびらかすような大物ではない。SNSに上げて「どや」と言える魚でもない。釣り雑誌に載るサイズでもない。
でも、そんなことはどうでもよかった。
僕にとっては、間違いなく最高の1匹だった。
初めて、自分が憧れた魚を、自劆のカヤックで、自分の手で釣り上げた。それだけで、十分だったんです。
カヤックの上に寝そべるピンク色の魚体を、ただ見つめていた。うれしかった。ひたすら、うれしかった。感想はそれしかない。
大物じゃなくていい。珍しい魚じゃなくていい。「自分で釣った」という事実だけが、心を満たしてくれた1匹でした。

「すごーい!」家族の一言でわかったこと
陸に戻って、家に帰りました。玄関を開けて、マダイを家族に見せます。
「すごーい!」
妻も、子どもも、一緒に喜んでくれた。
この瞬間、釣りの意味が少し変わったのを覚えています。
海の上で感じた「釣り上げたうれしさ」は、個人的な達成感だった。一方で、家族の「すごーい!」は、家族と分け合える喜びです。質感がまったく違う。
それまで、僕にとって釣りは「自分の趣味」だった。でもこの日から、釣りは「家族に何かを持ち帰れる趣味」になったんです。
釣った魚が食卓に並ぶ。家族が喜んでくれる。それだけで、釣りに行くうしろめたさが、ぐっと軽くなる。信頼残高という考え方で家族との関係を見ているのですが、あの日の「すごーい!」は信頼残高への”大きな入金”だった。
釣りは消費する趣味じゃない、と思えたのは、この1匹のおかげです。
カヤックを買ってよかった、と確信した日
カヤックを買おうと決めた時、正直なところ不安があった。一式そろえれば、それなりの出費になる。「本当に使いこなせるのか」「続けられるのか」という疑問は、ずっと頭の中にありました。
最初の頃は、沖に出るだけで精一杯だった。カヤックフィッシングは怖いと感じる場面も、何度もあった。波が立てば体がこわばるし、風が吹けば戻るだけで疲れる。
それでも続けた先に、あの朝がありました。
初マダイをカヤックに収めた瞬間、頭の中でストンと何かが落ちたんです。
「カヤックを買ってよかった」
そう確信した。道具の値段や、ランニングコストを計算して納得したわけではない。自分の選択が、こういう朝につながったという事実そのものが、全部を肯定してくれた気がします。
実際のカヤック費用は、別の記事で細かく書いています。でも金額の話は、あの瞬間にはもう関係なかった。
まとめ|初マダイが教えてくれたこと
初マダイが教えてくれたことは、3つあります。
- 釣りは結果だけじゃないということ。ヒットしない日が続いても、その先に「ついに来たっ!」の朝が待っているかもしれない。待つ時間も、釣りの一部だと思います。
- 釣った魚を家族に見せる喜びは、自分で釣る喜びとは別物だということ。海の上で感じる達成感と、家に帰ってから広がる喜びは、質が違う。どちらも大事だと、あの日わかりました。
- 自分の選択を信じてよかった、ということ。カヤックを買った時の僕は、正解を知らなかった。それでも踏み出したから、この朝にたどり着けたんだと思います。
あれから、もっと大きな魚を釣りたい気持ちも、いろんな魚種を狙いたい気持ちも、どんどん膨らんでいます。でも、最初の1匹の感動は、やっぱり特別なものだった。
カヤックで釣りをしたい人には、「最初の1匹を目指して続けてほしい」と伝えたい。小ぶりでもいい、中サイズでもいい。自分で釣ったという事実が、次の1歩を押してくれます。
朝まずめを習慣にすると気づくこともたくさんあります。カヤックに興味がある方は、カヤックフィッシングの費用の記事もぜひ読んでみてください。
